さやかです。




無条件の愛の子宮


最近 本当に実在化してきてるんだなって

思うことがある



でもこの無条件の愛の子宮が拡大するほどに


ジャッジがどんどん強まっている

分離した子宮も


よりハッキリと顕在化してきてる

感覚が強くてね



何かを裁かなくては気が済まない

裁く気はなくても そうしてしまう自分に
自分で自分の首をしめているような


そんな苦しさを観ていてね



ここ最近の私のカラダの痛みは
この ねじれ と繋がっていたことが
やっと少し分かってきた


だからもう、ここに書くしかないのかな
って思ってね。











実は私



何年も前から、好きな人がいた
でもそれは、個人的には望まない相手だった


私が求める『幸せ』はきっと得られない
それより大変なことがたくさんあることの
方が想像もつく…


そんな愛への条件付けをたくさん持って

そういうものを超える自信もなかった
私にとって


この気持ちの取り扱いはとても
難しいものだった


だからそんな自分とも相手とも
本気で真正面から向き合ったことは
一度もなくて


それは相手が本気で私を観てくれた時

でさえ できなかったことだった


だから私は あの瞬間に

 この愛の答えは出したんだと 

けじめ みたいなものをつけていたし



その選択は変えられないと思っていた






でもそれは
いつしか私の中での ねじれ となって



そのねじれは


満たされない私と

満たされない集合意識とが繋がって


さらに大きく私のカラダの中で

蠢いていたんだよね




無条件に愛せない、愛されない、愛し合えない



その苦しさならよく知ってる

私も皆んなも、人間はここを

散々やってきてるから


でねも こんなに強く、激しく、大きく

なってしまっていたことは


カラダの痛みを通してはじめて知ったんだ




満たされないところから世界を観るのは簡単


それは世間の常識にのまれることだし

そのルールをもとにジャッジすることでもある


ある意味正当化されてしまうほどジャッジは

流行しているし、大多数には流されやすいもの




でもね、

本当は少し 観えてきている



本当は


無条件に愛し、愛され、愛し合える


私たちの姿が









愛する気持ちは 



愛する気持ちのままでいい



それを抑えることではなく



無条件の愛へと 育てることを学びなさい



そして、創りなさい



どんな相手との間でも



どんな関係性においてでも



与えられた 愛する気持ちは



無条件の愛を創るために



用意されているのです



自分で判断することはやめて



委ねなさい



あなたがやることは



委ねた上で弊害と感じるものを



どこまでも無条件に観て



無条件の愛に変えることなのです



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(聖母マリア トリニティ教会にて)









本当はそうすることしか出来ないはずで


そこを頑張ってみることが


きっと、私たちに特定の愛を配置した


創り手の意図に沿う 選択なんだよね













無条件の愛の子宮から


   無条件の愛を込めて